『カルロス』の映画は評価が高い?

「映画『カルロス』の底流を流れるテーマってなに?」

南米ベネズエラの裕福な弁護士の家庭に生まれ育ち、やがてテロリストとして世界で名を売っていくカルロス。映画『カルロス』では、彼の起こしたテロや足跡を淡々と繋げて
見せていきますが、その淡泊な描き方ゆえに浮き彫りになっていく作品の底流に流れるテーマを読み取ることができます。
ここではそれを考察していきましょう。

(1)革命家という欺瞞

カルロスは共産主義者に傾倒し、革命家を名乗り、「人民のため」とか「革命」という名目で一般市民を巻き込んだテロを次々起こしていきます。
はじめに、パレスチナ解放戦線でテロリストデビューを果たしますが、彼にはパレスチナ難民の怒りや悲しみに共感するといった同情や憂慮の感情は見えません。このへんは意図的に見せています。
そして、どんどん年を追うにつれ、カルロスの革命とう大義名分は薄れていき(初めから飾りのような口実なのだが)、次第に金のため
権力のためにテロをやるといった、非常に堕落した自己中のテロリスト像が浮かび上がってきます。
これは作品の底流に最後まで流れている「欺瞞」というテーマです。

(2)冷めた視線のアンチテロリズム

監督は劇中、同志の口を借りてカルロスのことを「人の命を軽く見ている」と言わせます。
民衆のためだ、とか革命だとか言葉を弄しても、結局は金や権力のために駆け引きを使い、ポリシーもなくテロを起こしては
大勢の人命を奪っていく、身勝手な「革命家」の姿を浮き彫りにしています。
こういう、まやかしと矛盾に満ちたアンチテロリズムの冷ややかな流れがこの作品を終始貫いています。

淡々と描いているからこそ見えてくるテーマなのです。
革命やテロリストの底の浅薄さや欺瞞、自己中心的で独善的な存在であるというメッセージが感じられるのは気のせいでしょうか。
しかし、カルロスの映画の評価はインターネットでみると高いです。